その日のこと
お腹に違和感を感じたのは前日のお昼前。ちょっと血が混ざったおしるしがあるなと思ったけれど、おしるしはすでに1週間前にでていてそこから変化がなかったのであまり気にしなかった。
母と近所の韃靼そばやで天ぷらそばを食べて帰ってきて、ちょっと昼寝をして起きたら、ドロっとしたスライムのようなおりもの?がスプーン一杯ほど出た。調べたら粘液栓というおしるしの一種らしい。子宮の入り口を栓する役割で、子宮が開いてくると出てくるものだとか。これがでるといよいよ陣痛がはじまるのだそうだ。まだお腹は痛くなかったので静観していたものの、トイレに行くたびに今度は鮮血がでて、どんどん増える。そういえば、今朝から胎動がないような、、、。出産が近いと胎動が減るというのはあまりあてにしないほうがいいと聞いていたので急に心配になってきた。
そうしたらお腹も痛くなってきた。病院に電話をすると、すぐきた方がいいとのこと。母を呼んで、そのまま病院に送ってもらった。途中雑談をしながらも、雑談してたら実はお腹の中で何かあって、まさかの事態になっていたらと不安になり、駅まで10分の道が永遠に長く、信号待ちを避けて回り道をしてくれた母に当たり散らしたくなった。
病院についてすぐにNSTで赤ちゃんの心音をチェックしてもらう。お腹にいつものジェルを塗り心音計をつける瞬間、私の心音で赤ちゃんの音が聞こえないんじゃないかと思うくらい緊張した。神さま、、赤ちゃんが元気なら、どんな陣痛にも、耐えます。
心音は、ちゃんと聞こえた。
助産師さんは、赤ちゃんとても元気だともいってくれた。ホッとする。
その時、すでに陣痛が始まっていることに気がつく。まだまだ我慢できるけれど、陣痛の間隔は10分ほどだった。そのままNSTを受けている40分でそこそこ痛くなってきていた。
終わったのが16時頃。念のためエコーと経膣検査した結果問題はなく、子宮口もまだ4cmほどだったので、もう一度家に帰ることになってしまった。会計をしている間もどんどん痛くなって、間隔は7.8分に。看護師さんには、陣痛間隔が5分になるか、破水したらまた電話してと言われたのでそのまま帰ったが、家に着く16時30分頃にはもっと痛くなっていた。
17時まで様子見してみたが、痛みは強く、間隔は5〜7分。我慢できずに病院に再度電話すると、ゆっくり入院の準備をして、シャワーを浴びて来てくださいとのこと。慌てなくて大丈夫と。
ここで東京の旦那さんに連絡を取り、入院すると伝える。初産だからそこから10〜20時間はかかるだろうと言われたけれど、なんとなく、そんなにかからないような気がした。
家を出たのが18時過ぎ。病院について、まずトイレにいって、そのまま分娩室でモニターをつけて陣痛の間隔をチェック。陣痛はやや落ちついたものの、同じ間隔で来ており、痛みは強くなっていた。我慢がギリギリできるかできないか、くらい。横についていて雑談で気を紛らわせてくれようとしている母に、もうあっち行って!と叫ぶ。母はごめんごめん、と言って、旦那さんを案内するべく連絡をとる係になった。
そこからしばらく1人で苦しんでいた。このままお産かと思いきや、助産師さんが戻ってきて「よくあるとなんだけど、病院につくとお腹の張りの間隔が弱くなるみたいで、このままここにいてもまだだから、一旦病室に行きましょう」と分娩台をおろされてしまった。
こんなに痛くて、陣痛間隔も減ってないのに、どういうことだろう。
病室のベッドに案内されたのが20時頃。
旦那さんがくるのは21時頃とのことで、そこから1時間近く1人で陣痛の痛みと戦う。間隔は3分くらいになっているような気がしたが、痛みで陣痛アプリを使うことも辛くてできなかった。旦那さんがやってきたのが21時過ぎ。部屋に入ってきてもベッドから起き上がれなかった。助産師さん曰く、夜中の3時か4時には生まれるかもとのことだったので、陣痛が来ていない間にそんなことを、話す。が、ほかは緊張で何を話していいかわからなかった。
旦那さんは冷静なのか状況を深刻に受け取ってないのか、普段通りに見えた。陣痛がくると手を握ってくれる。1人で耐えるより楽になった。痛いよ、と言える人がそばにいるのはありがたい。手を握るのも痛みを分散するように感じる。どんな体勢になっても痛くて、それでも、首を後ろに仰け反らせてベッド枠を掴むとマシだと気づく。
助産師さんには、破水するか、もっと痛くなるかしたらナースコールしてと言われたが、これ以上の痛みがあるなんて信じられなかった。痛みは生理痛の100倍ほどで、内臓全体を圧縮されて、揺さぶられるようなものだった。
しかも、妊娠後期から悩まされていた胸焼けが酷くて、からい胃酸が喉元に上がってきて気持ちが悪い。吐き気がする。
もう目をつぶってうめき声をあげるしかできない。旦那さんは何も言わず何も聞かずに黙って私が手を握るままにしていたが、途中、母が作ったおにぎりをトイレで静かに食べていた。
夕飯を食べずに来たらしく空腹だったようだ。
すでに陣痛の間隔を図ることは放棄して、今何時なのか時計を見ることもできなかったが、それほど時間が経ったようには感じなかった。
陣痛にいきみたくなる衝動がプラスされるようになった。いきみたいというのは、ほかに何とも表現できない。ただその衝動に任せていきんでしまうと今はダメだと本能が警告する。中が破裂してしまいそうだった。いきみを堪えると体が痙攣し、ガクガク震える。
そこから何度かいきみを耐えたが、我慢できそうもなくなったのでナースコールをしたところ、やっと分娩台に載せてもらえた。
もう一度お腹にモニターをつけて、助産師さんが手で子宮口の開きを確認すると、6cmになっていた。
22時過ぎ、いよいよお産だ。
足に変なカバーをつけられ、広げられて左右に縛られた。お腹にはタオルをかけられ、私が吐いてもいいように口元にゲロ袋が置かれる。
旦那さんは初めは頭の横で手を握っていたが、子宮口がさらに開き、本格的にいきんで赤ちゃんが下に下がってくるにつれて、いきんではいけない時にいきまないように私の股間をグーで抑える係になった。これが、助産師さんは上手だが、旦那が下手で、助産師さん早く戻ってきてと祈った。
だいぶ赤ちゃんが下がってきていて、お産はかなり順調と言われた。日付が変わるか変わらないかの頃に生まれそうと話していた。今は一体何時なんだろう。当初より予定がだいぶ早まったことは確かだ。
さらにお産が進み、本気でいきんでオッケーとなってから、本気を出せば一発で出るんじゃないかと思ったが、ここからが長かった。腹筋に力を入れて一生懸命いきんでも、感覚としてなかなかそこより下にいかない。
酸素マスクが投入されて、旦那さんは私のお腹の張りのタイミングでマスクを口にあてる係になった。
もうこれで生まれるかな、あと何回いきめばいいのかな、、と何度も思った。
一回休憩したい、一回だけ力を抜いて休みたい、と思っても休ませてもらえない。口で、はっはっはっと短い呼吸をすると、鼻ですって口でゆっくり吐くように指示される。苦しいのに。それでも、叫んだり暴言吐いたりせず、そんな余裕もなく、言われることに素直に従うのが近道だと思ったので、辛くても従った。
そのうちに、いきみと同時にバシャッと暖かい水が流れて破水したのがわかった。
助産師さんは、今子宮全開になったと教えてくれた。奥にうずらのたまごくらいの大きさで赤ちゃん見えてるよと。それがあとどのくらいを指すものなのかわからなかった。
お医者さんが入ってきたので、もうすぐだとわかった。さらにいきむ。でも最後の最後でなかなかすすまない。
吐く息を長く、いきむ時はおへそを見て、目を開けて、と指示が増える。必死でそれに従い、何回かした時に、会陰切開をちょっとだけすると言われ、麻酔を打たれた。ちくりとしたがそれだけだった。いきんだ瞬間にハサミでパチンと、音を立てて切られたのがわかった。
次頑張ったら出てくるよ、と夢のような一言がかけられて、力を振り絞った。するとグッと、赤ちゃんが下がる感覚があった。
そして、はい、じゃあ力抜いて、いきまないでいいよ、と言われると、中からズルズルと引きずり出される感覚があり、
生まれましたー!と、目の前に赤ん坊があらわれた。
あああ、生まれたんだ。
赤ん坊は全身が青かった。
すぐに処置台に連れていかれ、しばらくするとギャァと、泣き出した。
泣いた。
私は旦那さんを見上げた。それまでほとんど何も発せず、「おへそみて」などの助産師さんの助言を私に耳元でリマインドする以外黙っていた旦那さんは、目を合わせると弱々しく笑った。落ち着いていた。私も安心して、手を握った。
しばらくすると私の横に赤ちゃんが来た。泣き止んでいて、体も綺麗になってバスタオルに包まれていた。大人しい。目を細く開けている。
この子が、私から生まれたんだ。
生まれた瞬間は真っ青で潰れた顔をしていると思ったけれど、横に泣かされた顔を見ると。すでにパッチリ二重で髪も目も黒々としたはっきりした美男子だとわかった。
大きな目の旦那さんに似てくれたことがわかって嬉しかった。
それから2時間ほど、そのままなんやかんや処置され、赤ちゃんは旦那さんが抱いていた。
写真もたくさん撮っていいと言われ、持ってきたカメラでパシャパシャ撮った。
それから病室に移動し、歩ける自分が不思議だった。大量の出血があり、クラクラする。紙おむつのようなナプキンを二枚重ねて、その日は寝て良いと言われたが、2時間以内におしっこがでないとカテーテルといわれ、あせる。
旦那さんはさらにお腹が空いたようで、コンビニでカツ丼を買ってきて食べていた。
私は2リットル近く水を飲み、おにぎりを一個食べた。
それからトイレにこもりおしっこをしようとしたがなぜか感覚がわからなくなっていて、2時間ほどこもっていた。それでも出なくて、諦めてベッドで一度仮眠し、朝6時に起き上がってトイレによろめきながら行って、チャレンジしたところ、出た。
そこからやっと安心して眠った。
長い一日だと思っけれど、入院から出産まで5時間ちょっとのスピード出産だといわれた。
7月10日0時37分、3172gの男の子を出産した。